蟲を飼う

小泉八雲は日本人の虫とのかかわりを非常に美的で芸術的かつ上品な文化であると書いているが、鳴く虫の音を楽しむ習慣はかなり昔から世界各地にあるようだ。東南アジア、南米、北米、ヨーロッパ等々、そしてかつて他を圧倒して盛んだったのは中国である。日本人は虫の音を美しい音色として聞いているが、他国の人達には雑音としてか聞こえないのだ!! と、のたまう人がいるが、それは根も葉もない話のようだ。
以前、日本人の脳は特殊?で他国の人達とは違い言語をつかさどる部分で虫の音を聞く為、それが美しい音として聞こえている! という左脳と右脳の使い方の違いを述べた記事を読んだことがある。その後この真相を確かめるべく、複数の研究者によって幾つかの追試が行われたのだが、その結果日本人と他国の人の脳に違いは見つからなかったとの話も聞いた。果たしてどちらの説が真実なのか? 何しろ昔と違い様々な情報が氾濫している時代である、何が正しいか良く分からない事も多い。今まで信じていた説が全く間違いだったなんて状況も間々有るから厄介である。
幾つかの文献を見ると始めに書いたように世界各地 (洋の東西を問わず) に鳴く虫を籠などに入れて飼う習慣が古くから有ったのは確かなようだ。これから考えると後の説が本当のところであり、聞く人 (古今東西を問わず個人) しだいで雑音とも良い音にも聞こえるのではないか?

鳴く虫の飼育だけでなく中国の闘蟋蟀 (闘コオロギ) なども1000年を超えた歴史がある。闘わせて (賭博、華僑によって広められ中国以外にも見られる) 楽しむ為に強い個体を育てたと云うが、成虫を野外から採集してきて活かしておいたものか、更に累代飼育も行われていたかは良く分からない。何しろ古代から昆虫を観察し (絹を発見し?) 蚕の飼育、養蚕を生み出した中国である当時の昆虫飼育技術は他を凌駕していた。古い時代に飼育の為に作られた多くの種類の籠や陶磁器製の飼育容器の豊かさは圧巻で清や民の時代は多くの虫売りがいたと云い、一般庶民の間でも広く楽しまれていたようだ。このような虫との関わりは現在の中国では昔より衰退してしまったが地域によっては残るところもあり、また近年になって闘蟋蟀などは復活しつつあるらしい。

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当時の中国の虫文化を垣間見ることの出来るさまざまな飼育容器など。



左は夏場コオロギを飼育したたぶん陶器の壺、右は磁器で作られた餌の容器。



ヒョウタンで作られた飼育容器、蓋は象牙で作られた凝ったものもある。気温の低い時期に使用されたらしい。



たぶん携帯用、右は中にコオロギなどを入れ木などに吊り下げ虫の音を楽しんだ。中国では7世紀頃から鳴く虫を飼い始めたと云う。
Insect-Musicians and Cricket Champions of China by BERTHOLD LAUFER 1927より。

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本邦で鳴く虫を飼い出したのは平安時代頃(前期、8世紀頃?)のようで、虫の飼育が盛んになりだした江戸時代前期には天秤棒を担ぎ虫を売る虫売りが出現しこれは昭和初期まで各地に見られた。地域によってはその後も続いていたらしく自分の幼い頃にも、金魚やキリギリス(稀には蛍)売りが廻って来た記憶がある。少し前まで祭りの露店、夜店などでもよく売られていたもので、偶にはクワガタやカブトが入った虫篭も並ぶことがあった。
クワガタ・カブトの飼育が盛んに行われだしたのは1970年代の終わり頃からで、いわゆる活き虫 (クワガタ・カブト) ブームの到来である。それ以前には世に出るクワガタやカブトを扱う本(漫画本の様な装丁もあった)は明らかにお子ちゃま向けのものが殆どで、幾つかの昆虫専門誌 (月刊むし、昆虫と自然、など) にもクワガタやカブトに関しての記事は殆ど載ることはなかった。
何しろクワガタ・カブトを好んで飼育するようになったのはおそらく有史以来初めて?のことで面白い。海外では近年台湾が日本と同じ状況にあるようで、カブト・クワガタの飼育をする人も多く昆虫の採集も盛んらしい。以前から熱帯魚などの飼育が良く行われていたのも一因であると思う。
欧米でも昆虫や小動物を飼育している人達がいるが米国ではクワガタ・カブトの飼育などよりも大型の蜘蛛や蠍などを飼う人が多い印象(と言っても人口比では極少数)がある。またヨーロッパにも甲虫飼育が好きな人達がいるが、ヘラクレスカブトや大型のアフリカ産ハナムグリなどを主にやる人が殆どのようだ。